日本愛好家の愛する和風スタイル!

 

日本に1980年代に10年間住んでいた知人の家に行ってきました。

 

家の中に入ると昔の日本がありました!

 

私のおばあちゃんの家です。

 

茶箪笥や階段家具、欄間など、素晴らしいアンティックの数々。

 

これらは、アメリカの日本のアンティーク店から買ったそう。

 

ここのところ日本に帰ってなかった私は、これらから発される日本の木の優しさ、和み、落ち着き、美しさ

 

に触れて、ホームシックになってしまいました。

 

「おばあちゃん、戦後の大変な苦労の多い日々。茶箪笥を開け、お茶セットを出し、お茶を一緒に飲んだね」

 

なんて、心の中でもう35年前に亡くなってしまった、祖母と心の中で話していました。

 

すると、自然に涙が流れてしまいました。

 

アメリカで他国のアンティークを見る機会を得て、強い印象を受けるものの、

 

やはり、日本のアンティークの家具ほど、私の心を揺さぶるものはありません!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


衰退する日本パワー

前回のブログで私が引越してきた、30年前の話しを書いたので

 

その続きを今年最後にしたいと思います。

 

80、90年代は日本円が強く、日本経済が高成長で、アメリカ人の多くが日本に興味を持ってくれました。

 

日本人だと他のアジア人に比べ、一段階上に見られるといううれしい雰囲気がありました

 

街を歩けば、日本語が時々聞こえてきました

 

日本電化製品が並び、さすが、日本!と思わせました。

 

日本人留学生やホームステイする学生も多く、日本人の若い世代ともたくさん出会いました

 

以前だったら、「あなた、日本人?」と聞かれたのが、この10年間、一度も

 

「日本人」かどうか聞かれたことはありません。

 

無論「中国人」が一番、次にベトナム、韓国、などなど。日本という言葉を思い浮かぶ人も

だんだんいなくなってきました。

 

日本製も見られないし、日本人(観光客以外)もほとんど見かけません。

 

まさしく衰退していく日本を見てきたのが2010年代からです

 

まだ、パワーがあるのは、日本の車だけ。

 

あとはどんどん消えて行く日本!という感じです

 

ヨーロッパやアジアに行くと若い人ばかりで、若いパワーに溢れ、その波動を感じることができます。

 

日本には他国のような力強い若いパワーが薄れているのだと思います。

 

人もモノも安く、海外へ出稼ぎに行く日本人が増え、人口減少の日本はどうなっていくのでしょう。

 

2020年がターニングポイントで少しづつ日本パワーを回復して欲しいです!

 

 

 

 


年収所得1400万円は低所得ーサンフランシスコ

 

サンフランシスコの年収所得1400万円は低所得という記事が日本経済新聞で掲載され、話題に

なっているという話をネットニュースで読みました

 

それを先週、テレビ朝日「羽島慎一モーニングショー」で取り上げたのをユーチューブで見ました。

これによると、日本では収入は20年間横ばい。

人もモノも安い日本の未来はどうなるのかに焦点が当てられていました。

 

私がこの春に書いたForbesの「低所得者1200万円のユーチューブの街、サンブルーノに住んで」

という記事をネットに書いたときも、驚くほどのスゴイ反応がありました。

コメントもたくさんもらい、「月100万円でなんで低所得?日本だったら超高給取り」というのが

いちばん多いコメントでした

 

あの時から、また、200万円も低所得者の年収があがったのにも驚きです。

 

日本の低迷の20年から比べれば、私の住んでいる地域は異常に見えてしまいます

家の値段が1億円以下の家はほとんどなく、アパートの家賃が35万円するこのあたりでは、家族で住むには

1400万円は最低必要になります

 

稼ぐ30−40代は3000万円は平均収入だとかいいます。そういう人は家を買うことができるので、ますます

不動産が上がってしまうのです

 

サンフランシスコの街に行くと華やかなIT企業と数多いホームレスがその明暗をハッキリと見せてくれます。

とても不思議な街になり、時代に追いつけず、職を失うと家賃が払えなくなりホームレスになるという状況が

生まれています。

 

Facebookでは、自分たちの街、コーポレーションビレッジ(企業村)を建設中です。

東京ドーム5個分、ホテル、ショッピングセンター 住居、公園、ドッグランなどがあり

労働環境を大きく変えていく時代が始まってます

むろん、これは、成功を収めている企業だからできることです

 

時代が完全に私が引越してきた30年前とは異なってます。

当時私の住んでいたミルブレーは、日本からの駐在員の家族が多く住み、学校のクラスにも、必ず日本人生徒がいて

レストランも日本人が経営する日本レストランがかなりありました。

今では、日本人は、ほとんど居なくなり、変わって中国人生徒が学校の6割以上を占めるという異常とも思える

中国勢力に圧倒されるようになりました。

中国レストランの数の多さには、ビックリです。

日本レストラン2に対して35ぐらいはあります。

私など日本人には見られず、他の中国人の一人のような感じです。

日本パワーはもう全く見られません。

低迷20年の日本がここでも見られます。

 

新しい未来づくりは、経済力がある国、企業が彼らのビジョンに従い、作り上げていく。その過程を

見つめている今日このごろです。

 

 

こんなところにいつまで住めるのか、私の未来は不定です


クリスマスリースを部屋のドアの飾りに

クリスマスのシーズンは、どこの家の玄関ドアにも、

クリスマスリースが飾られています

 

それぞれのウェルカムサインで楽しませてくれます

 

私の家は、これまでの外のリースの数が増えたので家のそれぞれのドアに飾る

ことにしました

 

 

 

 

 

 

 

 

 


クリスマスとポインセチア

やはり、クリスマスの主役は赤い花。ポインセチアの暖かみの赤は部屋をやさしくしてくれます

サンタなしにはクリスマスは語れません

ポインセチアを主役にしました


毎日が雨で始まったクリスマスシーズン!

毎日が青空で、雨を知らない幼児がいるとか。

 

それほど、乾いた天候が続いたのが、感謝祭ごろから、今度は毎日、雨。

 

それでも、街はクリスマスムード。車のラジオはクリスマスソング。

 

私の家もクリスマスムードになりました。

 

クリスマスツリーのトップは次男が幼稚園のときに作った、

彼の顔が入ったエンジェルを毎年飾ります

このサンタクロースは長男の初めてのクリスマスに

アメリカのおばあちゃんが当時日本に住んでいた

私たちに贈ってくれたものです

 

このクリスマステーブルランナーは、日本に住んで

いたころ、作ったものを今も年に一度使ってます

 

ポインセチアの周りの緑は庭の松の木を使ってみました

 


コンマリのオンラインストアが大批判!

アメリカのネットワークテレビは昨日まで、

 

トランプ大統領の「ウクライナ疑惑」に関する弾劾公聴会が開かれ、その放送が朝から晩まで

 

数社のネットワークTVは放映してました。

 

あまり面白くない、ドラマや映画を見るより、国民の知らないところで行われる政治問題を、次々と証人が

 

語る内容は、面白く、迫力がありました。

 

 さて、今日は平常の番組に戻り、私の好きなトークショー「The VIEW」を見ました。

 

この番組は女性5人(日本で知られている人は、「カラーパープル」のwhoopi goldbergかな?)のコメンテーター

が政治、経済、身近な問題とハードからソフトな問題を話し合うという番組です。女性視聴者を対象にしているため、

わかりやすく、ユーモアがあるので時々見ます。

 

今日は、弾劾公聴会の話しのあと、「Marie Kondo」という声が聞こえたので、今までは、片づけものをしたりして

ただ聞き流していたのですが、ソファーに座って見ました。

 

話しの内容はこんまりが今週、ネットショップを開設したが、「片付け、捨てることを皆に薦めたのは自分の商品を売るためだった」

という批判が大きくなったからです。

 

NETFLIXで世界中に名声と地位を作り上げたのに、やはり目的はお金だったのか?というのです。

 

彼女のネットで売っているものをとりあげ、キャンドル(86ドル 約9千円)、おたま9ドル(約千円)

高価で必需品とは思えない、いらないモノを薦めていったいどういうことか、と皮肉の声。コメンテーターのひとりは

「キャンドルが欲しいならガレージ、ヤードセールに行って1ドル(約110円)のキャンドルを私なら買うし、それが彼女の意図するところじゃなかったの。捨てたあとに、またガラクタを増やしてどうするの?」と言ってました。

 

せっかくアメリカで日本人の名を売り夢の地位を得たのに、何故、高価な雑貨モノのネットショップを開設したのでしょうね。

 

チャリーティーに寄付するネットショップでも開設すれば、もっと話題も名声も上がったと思うのに

残念です!

 

 

下記の写真は番組で取り上げた商品のひとつです。

 

 

 

 

 

 


トレーダー ジョーズ(trdader joe's)にいったい何があるというのですか?

 

トレーダージョーズは私が週に2〜3回行く、グルメスーパーマーケット。

 

今日もいつものように買い物に行き、トレーダージョーズの窓から外を見ると、

 

上の写真のように日本人らしき濃紺のジャケットを着た男性が20人以上、シャトルバスの前に集まっていました。

 

何だろうと思って、外へ行くとやはり日本人でした。

 

聞いてみると、トレーダージョーズのお店の視察だそうです。

 

日本へ行く前に、お土産は何がいい、というと

 

最近では、多くの人がトレーダージョーズのエコバッグか乾燥物、ナッツなどといい、詳しく知っているのには

 

ビックリしました。

 

SNSの口コミが広がり、今では、ビジネスマンが視察にくるというのだから、すごい、ですね。

 

いったいドレーダージョーズに何があるというのでしょうか?

 

もう20年以上も我が家の食料の補給源になってます。

 

このお店の特徴は、オーガニック食品を早くから揃え、広告費を使わない、

 

中間流通を省くために、値段が他の店に比べ安いと消費者を考慮した独自のお店の展開が見られます。

 

最近ではベジタリアン、ビーガン製品を数多く取りいれ、健康食品を買う人が増えているので

 

現地の人に人気があります。

 

海外製品をうまく取り入れ、独自にアレンジしたものを売ってます。

 

これは、9月に日本へ行ったときに持って

いったおみやげ。

 

そして人気のエコバック。

デザインもレトロでおしゃれ。

 


ひんやりしない秋

 

またまたご無沙汰してしまいました!

 

最後に記載したのが6月でしたから、季節はめぐり、秋も半ばで外の景色はようやく

 

色づいてきました。

 

ここ北カリフォルニアは雨がこの4月からまったく降らずに、先週は山火事で非常事態に

 

なり私の家も2日間、停電になりました。

 

真っ暗闇の夜、電力がないので、サンドイッチとシリアルの食事。100万人近くの人が電力がない生活をしました。

 

毎年の火事が恒例になり、この11日間に78000エーカーが焼け、キンケイド地域だけで、374件の家が

 

全焼しました。

 

日本は台風の被害ですが、こちらは、火事の被害で今週ぐらいから被害復旧が始まります。

 

私にとってうれしいことは、9月に女の子の孫が生まれました!

 

もうひとつは、英語版「GREEN TEA LIVING]が来年、ベトナムで翻訳されることになりました。

 

これでフランス、中国、ベトナムと3カ国で翻訳されることになります。

 

 

季節も人間、仕事関係も変わっていくのに、一向に変化がなく成長がないのは、私だけ。

 

ちょっと寂しくなってきたこのごろです。

 

私のリラックス法は、季節の色を家の中、外に入れること。

 

秋の色からは、ちょっと寂しげな、それでいて、心休まるあたたかさがもらえます。

 

 

 

 

ドアのリースも秋の装いに変えました。

庭に落ちていた黄色になった葉を加えました。

 

 

近所で夏に頂いたほおずき。日本ではお盆に使われますが、

ここでは秋のオレンジにピッタリ

 

ベランダに紅葉した葉を生けてみました


話題の脳外科医 猪野屋博先生との出会い

先日、アメリカに住む日本人の沖縄出身の友人と出合ったら、

「3週間前の日本のテレビで見たのだけど、とってもいい沖縄の話しで、涙がでてしまったの」と言った。

 

「そこで、あなたに聞こうと思っていた。

あなたのお母さんの脳外科医の先生も沖縄出身って言ってなかった?

千葉の病院にも勤めていたと言うから、もしかして、同じ人かと思って」

そういうと、彼女はスマートフォンでその記事を見せてくれた。

ビックリ!まさしく猪野屋先生!

アメリカで猪野屋先生の話しがでるとは、スゴイ先生だと改めて思った

 

この話は沖縄で財布を失くし困っていた17歳の高校生に見ず知らずの人が6万円を貸してくれた。高校生は飛行機の

搭乗時間に遅れそうでパニックで借りた人の名前も連絡先もききそびれ、その後、この人を探して、見つかったのが猪野屋先生

だったのだ

 

猪野屋先生との出会いは、12年前。

母が脳梗塞で倒れ、救急車で新東京病院に運ばれた。そこでの担当医が猪野屋先生だった。

日本から姉の連絡で翌日、病院に駆けつけた。スーツケースをひきながら、ボッーと歩いていた。

時差ぼけの上に母に生きている間に会えるかどうかと思うと一睡もできなかった。

猪野屋先生と面談した。

「母の具合はいかがですか?」と私。

「かなり悪い」と一言の猪野屋先生。

「悪いって、どう悪いのですか?」と攻め寄る私。

「血管が詰まっている」とまた一言。

私はイライラしてきた。こっちはアメリカから食べず寝ずに飛んできたのに

説明らしきものがない。私は頭が炎上してキリキリ声をあげ、どう悪いのか説明して欲しいと言った。

それに、先生がどう答えたのかは覚えてない。

ただ覚えているのは、看護婦さんが外科の先生は余計なことはいわない、とアドバイスをくれたことだった。

ただカッカしていた私にうまく対応してくれたのだけは覚えている。

その後、先生が沖縄に移られてるまで、母の面倒をよく見てくれた。

私と先生も医者と患者の枠をこえた人間同士の会話ができたことは、うれしいことだった。

 

人間的にとても暖かい人で、私もできるだけ母の診察にアメリカから来るようにし

先生に会うのが楽しみだった。

「えらいね。アメリカからお母さんの診断に一緒にくるなんて、親孝行だよ」

と言ってくれた。

「いえ、先生に会いに来たのです!」というと

「そうか、うれしいな」と言って一緒に笑った。

息子をお寿司屋さんに連れていってくれたこともあった。

一見こわい感じだが、知ればしるほど人間味のある先生だった。

 

先生のお陰で母の命は助かり、治療の成果で頭脳明晰の新しい母が生まれた。

記憶力は私より優れ、何があってもグチなど言わずに、決断力も早い新しい母の誕生だった。

私にはうれしい奇跡が起きたのだ。

猪野屋先生の治療後の母から、私はたくさんのことを教えてもらった。

それは、今まで知らなかった私自身の幼少から大学までの未熟な私が迷いながら

生き方を模索している姿だった。

もし、猪野屋先生に助けてもらわなかったら、私は自分自身の数章が抜けたまま

人生を終わることになっただろう。

2年前に母は転倒事故でなくなったが、猪野屋先生のおかげで、私自身を知るという

思いがけないプレゼントをもらった気がした。

 

猪野屋先生には、いつか先生のことは本に書きますね、と言ったのだが

「アメリカ流 親の家の片づけ」(大和出版)2017年で、新しい母との話しは

書いたのだが、猪野屋先生については数行書いただけだった。

 

これだけ、メディアがとりあげてくれたのは、いずれかは誰かが取り上げる人になる

運命を持つ希少な価値ある先生だからだろう。

 

また、いつの日か先生に会えることを楽しみにしたい。

#脳外科医猪野屋博



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