百年前のオランダの調味料入れ。素敵。オシャレで使えない!



1920年代のオランダの調味料入れをエステートの骨董品で買ってきました。
ブルーとホワイトで風車がとても魅力的。
キッチンで使おうと思ったのですが、とても素敵でスグに部屋の飾りになってしまいました。




100年以上前なのに、ナツメグ、シナモン、パセリ、オートミールなどあまりの種類の多さにビックリ。
それにこんなオシャレな入れ物に入っていたなんで、スゴイです!

サンフランシスコ ナパと地震。夜は何を着て寝る?





アメリカに住み始めた1989年にサンフランシスコ地震に遭いました。

それは、それは、グラッ、グラッと始まり、グラーンと体が船酔いのような感じがして、歩くのも

捕まらなくては歩けないほどの怖さでした。そのあとは、サイレン、救急車、消防車で一瞬にして別世界の

音に囲まれました。

そのあと、日本で何度も地震を経験したのですが、今回は最初の1−2秒は「あっ、地震、大きい」

という感じでした。何しろ、明け方3時20分ですから、頭の中は夢なのか、現実なのか、わからない

のです。そのあと、スグに揺れは消えました。

いつも、地震のたびに思うことがあります。

夜、寝ているときに地震に遭い、パジャマで逃げ回ったら、

避難所でパジャマで過ごすことになります。

寝るときは明け方、外を歩いても良い格好で寝ることにしよう、と思い、

昨年からそうしました。

今回も7分丈袖のTシャツにジム用パンツでした!

ですから、地震で揺れ始めたとき、これなら外へ逃げられると再確認したのです!!

サンフランシスコと俳優ロビン ウィリアムズの死



俳優ロビン ウィリアムズの突然の死は、地元のサンフランシスコでは衝撃でした。

ローカルのチャンネルは彼の死の臨時ニュースに変わりました。

彼はサンフランシスコに高校時代から住み続け、コメディアンとしての一歩を踏み始めたのも

サンフランシスコでした。この土地のレストランも多く愛用し、市民イベントにも参加してました。

私は2度ほど、彼を見ています。

一度は空港で娘さんとロサンゼルスに行くところでした。

2度目は小さな寿司店でした。どちらも、有名人気取りがなく、親しみが持てる感じでした。

シークリフにある以前の邸宅の前の道は何度も通りました。恐竜に見える装飾庭園が壁越しに見えました。

ハローウィーンでお菓子をもらいにくる子供も歓迎するというのが、もっぱらのうわさでした。

私の大好きな映画は「Mrs Doubtfire」。この上の写真の家です。

笑いと涙でこれほど、映画を楽しませてくれた人はいません。

私がサンフランシスコに住みたいと思ったのは、彼の愛する街に住みたかったことも理由のひとつです。

彼が亡くなったなんて、未だに信じられません。

心よりご冥福をお祈りします!

 

我が家にきた鶴柄の座布団!



この写真は鶴柄の座布団です。
なんと、絹の生地で手縫いなのです。
日本愛好家の裕福なひとりぐらしの老婦人が大邸宅を処理し、老人専用マンションに
所有品を処分して、移り住むのでセールをするというのを聞き、行ってきました。
日本人形50体、こけし100個以上、骨董品のたんす、骨董品の木製菓子型100個、火鉢、皿、それは、それは、50畳ぐらいのリビングは
日本のお宝ばかり。お値段も安くないので、この座布団だけにしました。
この家のオーナーのエレンがいたので、少し話をしました。
「私が夫と日本へ50年前に初めて行ったときに、日本の芸術に触れ、恋におちいってしまったの。
素晴らしいものばかりで、私の心に染み付いて離れないの。」
それ以来、日本の骨董品を集めるようになったそう。
80歳を過ぎ、一人には大きすぎる家なので、老人マンションを買ったそう。
息子に所持品を全部処理するように言われ、業者に頼んで、今日のエステートセールになったそうです。
「今日、ここで私の大切なものとお別れするなんて、心がはちきれそう」とホントウに滅入って暗い顔になりました。

それから、10分後、このイベントはなんと中止になったのです。
彼女が新しく住むところに持って行くと業者に言ったそうです。
愛着のあるものを、処分するのは、年をとれば、とるほど、むずかしいものです。
この座布団は彼女から受け継ぎ、大切にします!
 

ラスベガスのラッキーな話

今年も年に一度、恒例の大人のディズニーランド、ラスベガスへ行ってきました。

今回はラスベガス空港へ着いてから、ハラハラでした。

飛行機が夜11時に到着し、シャトルバスで空港からホテルへ行ったのですが、
もう、真夜中で、頭がボッとしていたのですね。きっと。

運転手と一番前に座っている人との会話が聞こえてきました。
2人とも、イラク戦争に行き、無事に帰還した話をしていました。
さすが、ここはアメリカなんだ!戦争がいつも身近にある国というのが改めて実感しました。
そんな話を聞きながら、バスはもう20年以上もいつも滞在するフラミンゴホテルへ着きました。

ロビーのカウンターでチェック インしようとして、バッグを、と思ったら、バッグがありません!
バスの中に置き忘れてしまったのです。バッグの中には、すべて重要なものが入ってます。
財布、身分証名書、パスポート、クレジットカード、飛行機、ホテル、ショーの予約番号、
携帯電話、などなど、ホントウにすべてです。
頭の中が真っ白になって、もうボウッ ボウッとして考えることもできないくらい。

次に浮かんだのが、日本と違い、このアメリカでバッグは見つからない!
という確信をもった声が聞こえてきました。
やっぱり、ダメ!どうしよう!
疲れて座りこみそうになった時、後ろでトン トンと肩を叩く人がいました。
見ると、先ほどのイラク戦争に行ったという運転手さん!
「忘れ物ですよ。身分証名書の写真を見たら、この人なら
フラミンゴホテルで降りた」ということを覚えていて、すぐに、届けてくれたのでした。

「ありがとう、ありがとう!」といい、私は、おおきなハグをしました。
信じられませんでした、アメリカで落し物が戻るなんて、スゴイと思いました。
もうカシノで大当たりしたようなものです。

世の中、いい人がいるものです。
この話を日本人の友人にすると、日本より、アメリカの方が忘れ物が戻ったという
人が4人もいたのには、またまた驚き!
アメリカだから、という先入観はこの際、捨てることにしました。




いつものように、24時間で5つのホテルのビッフェに挑戦。




シーフードをめいっぱい、食べてきました!



宇宙にシナリオがある?!


北カリフォルニアは他の州に比べ、初夏でも高温にならないために、

庭の花が先月から今頃、満開になりました。

日本へ行くと、忙しいスケジュールですが、

最近は、何もないスケジュールの中でいます。



先月、翻訳家の山川亜希子さんがサンフランシスコにいらっしゃり、

お昼をご一緒させていただいたあと、お話会に参加しました。

私も昔からスピルチャルな世界に興味を持っていたのですが、

最近、また興味を持ち始めました。

お昼をご一緒したときに、いらした方がこんなことをブログで書いてました。

壮大な宇宙の計画、シナリオで決められた役割を地球という名の舞台で演じているだけなんじゃないかという思いが一層強くなりました。時に“鬼演出家”のダ メ出しをくらったりするけれど、都度軌道修正しつつ、肩の力を抜いてただ与えられた役割を全うすればすべてはスムーズ流れる。宇宙のシナリオは、完全に人 智を超えたところにあるから、じたばたカリカリしても無駄な抵抗。役割を全うしている時には、宇宙は喜んでサポートしてくれるから、どっしりと構えて時空 の波乗りを楽しめばいい。

最近、感じるのは彼女が書いてあるように、いくらジタバタしても、時期がこなければ、何も進まない。

流れの中に身をまかせ、波が寄せてきたときに、力をだせばよい。

私たちが、宇宙のシナリオの中にいるなら、波が引いているときに何をしてもムダな抵抗。

それまでは、心のピースを持ち続けたいと思ってます。

(3枚目の写真はイエローとレッドの花の上に、ハミングバードが蜜を吸い取りにきたので、撮ったのですが、
小さくてわからないかな?)

最近の楽しみはアンティークを見つけること!

またまた、今週もエステートセールへ行ってきました。

エステートセールはその家の前にセールサインがあります。



この家もひっそりとした林のような中にありました。

地価10億円以上はする住宅地です。

私がエステートセールが好きなのは、広い敷地を歩くだけでも、別世界をのぞかせてくれるからです。



部屋の中は↓の写真のように、並べられ、すべて売り出されています。

この家のものは、どれもアンティークです。この中からときめくお宝を探し出すのが、楽しみ!

ここの故人は絵画、食器、家具を50年近く、蒐集していたそうです。




最近の楽しみ、エステートセール

          


私の最近の楽しみはエステートセール(Estate Sale)。
これは、亡くなった方の家を開放して、親族、または専門の業者がその家に置かれている品物の数々を
近所に住む人たちに売却するセール。日本ではないセールだと思います。


日本の場合、依頼を受けた業者が不用品の買取や処分を行い、それもひっそりとするようです。
まして、亡くなった方の物を買おうなどと思う人もあまりいないと思います。
アメリカでは、セールをインターネットや新聞で広告し、誰でもがその方の家にいけるようになっています。

私は隣町の金持ちが住むエステートセールに行くのが楽しみです。
何しろ最低3億円からの家ばかりで、こういう機会がなくては、中にはいれないからです。
それから、使っていたもの、持っていたもの、着てたもの、どれもがホンモノで
いつも、驚いてしまいます。
こういうお金持ちの人は、どういう生活をしていたのか、残っているものを見て
タイムスリップするだけで楽しくなってきます。

そんな中、最近気がついたのは、日本の昔の良いものがたくさんあることです。
上の金色のティーカップセットも日本製。「SAJI」とあります。
素敵な色合いなので8砲杷磴辰討靴泙い泙靴拭
その近くに天皇陛下夫妻の記念皿がありました。


なんで、この家にあるのかわかりませんが、今では誰だか知らないで処分されてしまいそうなので
買ってきました。「それなら、5ドルでいいですよ!」
今は我が家のリビングの棚に飾ってあるのですが、アメリカでめぐり合った若かりし天皇陛下ご夫妻を
毎日、見るとは不思議な気分です。


女性都議 塩村文夏さんと男女平等問題


前回、私の最初の本「女にできない職業はない」について、少し触れましたが、
1970年後半から80年初期のアメリカは、この画像のような強くたくましい、女性たちが、
働く場に女性が入れるように、法律の下にどんどん開拓していく時代でした。
その姿は「たいへんそう!」というのではなく、「格好いい!」「やればできるんだ!」
というメッセージでした。そのおかげで私が1989年にアメリカの会社に入ったときは、男女平等の会社で
一度も自分が「女」だから、と感じることはありませんでした。
法律ができても、女性が動かなければ、世の中は変わりません。
アメリカには「変えよう」という強い意志があったから、変わったのだと思います。

 私は日本にもそんな時代が来ると信じて、この本を出版したのです。
1983年に出版して、1986年に男女雇用機会均等法が施行されました。
あれから30年近く過ぎて、その後の日本はどうなったのでしょう?

世界経済フォーラム「ザ グローバル ジェンダーギャップ 報告書2013」によると
日本女性の社会進出は2006年の80位からどんどん後退して136カ国中で105位!!!!
いったい、日本の女性に何が起きたのでしょうか?
明らかにわかることは、「誰も変化を求めていない」「現状維持で何ひとつ不自由しないのだから、
わざわざ、大変な思いをしてまで変えることはない」ということです。
私が始めて出版した時から、30年たった現在は、専業主婦になりたい人が以前より、増えているそうです。
いったい、日本女性は何を求めているのかしら?

18日の東京都議会で妊娠・出産・不妊に悩む女性への支援を訴えた女性都議、塩村文夏(あやか)さん(35)に対し、「自分が早く結婚すればいい」「産めないのか」というヤジが飛んだ,というニュースを見ました。
いったい、都議会という公の場で平気でこのようなことが言える、という
こと自体驚きでした。これは100年前と同じではないのでしょうか?

日本ほど、自由に言いたい放題がこのような議会で言える国は珍しいと言えます。
アメリカでは、会社内では、話す言葉、ジェスチャー、相手に触れることなど、かなり神経を使います。
ハッキリ言って、日本的な自由は拘束されています。
私の経験で会社内の男性に何かの冗談で「アラッ、いやだ、うそっ」と彼の背中を叩いたら、
2週間後に「セクハラ」で訴えたいというメールをもらいました。
こちらは、晴天の霹靂。
例え、冗談でも相手に触れてはいけない、ということを痛いほど知らされました。
言語、動作、すべてに神経を使い、人間関係を進めていかなければ、なりません。
何しろ、「訴訟の国」ですから、日本のような女性に対しての暴言は会社では、絶対に言えません。
もしも、アメリカでこの女性都議の問題が起きたら、職は失います。
ですから、アメリカでは、どんな場合でも、自分の言ったこと、したには、責任がつくということを
社会が知らせます。

日本の男女平等はアメリカの連合国軍総司令部(GHQ)から与えられたものです。
権利を与えられても、その使い方を知らなければ、前進しません。
権利はアメリカの女性のように戦って得るものです。

日本女性が本気で男女平等を得ようと皆が思えば、そのときは、権利が動くときです。
「生ぬるい空気」がよいならば、世界最下位になる可能性は充分にあります。

今回の都議会での発言で少しは何かが変わるでしょうか?
今後の動きを見守って行きたいと思います。

 

シニアはジムでも元気!


ジムに通いはじめて、7年は過ぎているのですが、1時間、エクササイズをするのは大変。
そこでクラスなら1時間はするので、ヨガ、ズンバ、などのクラスをとっていました。
ところが、腰のケガやめまいが起きてからは、またまた、遠ざかってしまいました。

そこで、何か自分に合ったクラスはないかと探していたら、「シルバー スニーカークラス」が
ありました。これは、「老人向けクラス」です。
「老人」が何歳からという定義はありませんが、平均年齢78歳ぐらいではないかと思います。
このクラスに週2回、参加しているのですが、これが驚いたことになかなか大変なクラス。
重量上げも、片手3ポンドを両手に持ち、20回、ロープを使い、手の筋肉運動を10分間、椅子に座って腹筋を20回
などなど、音楽とともに、1時間びっしり。汗もだくだく。
 


見回したところ、私が一番若いみたい。
それなのに、フーフー。このおばあちゃん、おじいちゃんは
ニコニコとした顔で、平気な顔でエクササイズをしている。

このクラスをはじめて4ヶ月過ぎるのですが、クラスがあった日は疲れて翌朝までぐっすり。
少しの筋肉痛があるけど、不思議に元気になってきました!

先週、隣のおばあちゃんが、こう言ってました。
「最近、階段の上り下りがラクになってきたのよ。このクラスのお陰だわ。
あと、1ヶ月で85歳だから、がんばらなくては!」
それを聞いていた前にいるおばあちゃんが、「まあ、お若い!私はもうじき90歳ですよ」
それを、きいて、も〜〜〜〜〜〜う、びっくり!!!!

なんて、元気な方たちでしょう。私も彼らの年になってもこのクラスに来れるかしら?
老人の世界も大きく変わっていることを実感するこのごろです。
 


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