道側を歩くのは男性、女性?

先日出会った日本人の留学生が言ったことです。

留学して一番困ったことは、語学力や経済的不安でもなく「レディ ファースト」ができないということ
だそうです。
アメリカ人学生のようにできない。ヨーロッパ人はそれこそ小さいころから身につけて
問題なし。ところが日本人は不器用というか、習慣がないので、女の子と出かけるのはスゴク緊張
する、ということです。

 これから、日本人がグローバルになるひとつは『レディファーストのきほん』を身につけることが大切になってくると思います。


私が海外で始めて訪ねた国はイギリス。食べ物のまずさには驚きましたが、それ以外はうれしい驚きでした。車のドアを開けてくれる、閉めてくれる。重いものは持ってくれる、などなど、それは徹底してました。その後、アメリカに住むことになるのですが、この国でもまったく同じ。今でも『レディ ファースト』はしっかり生きています。

男女平等の世の中、この習慣を辞めるべきだという声もあるそうです。しかし、欧米ではこの習慣が世代を通じてしっかり受け継がれていて、日常生活に反映しています。


幸か不幸か、日本には『レディ ファースト』という大人のマナーが存在しません。
それは、親からも学校からも教わることがなく育ったから仕方がないのです。

レディ ファーストとはどんなことを言うのでしょう。今日はその「きほん」についてです。

 
レディファーストのきほん
1.ドアの開け閉めをする
ドアは男性が開け、後に続く女性が中に入るまで手で押さえて待つ。
車のドアは女性に開けたあと、女性がシートに座るのを確認してドアを閉めてから運転席に戻る

2.男性は車道側を歩く
乗用車やトラックに女性がはねられる事故を防ぐため。。
雨が降った場合に雨水、泥が飛んでくることを女性をから守る。(これは、どこの国でも徹底されています)

3.重いものを持ってあげる
買い物へ行ったときなど、明らかに重いと思うものは持ってあげる。また、旅行でスーツケースなどの重いものの上げ下げは手伝ってあげる。

4.イスを引いてあげる
レストランやカフェでは、男性がイスを引き、女性が座ったらイスを戻す。
(公共交通機関でも女性優先に座らせるのが見られます)

5.エレベーターでは扉を押さえる
扉を押さえて女性を先に乗せる。降りるときも、扉が閉まらないように気をつけて女性を先に降ろす

 

冬の日本


世界中異常気象と言われていますが、確かに今までとは違うようです。

ここ、サンフランシスコはここのところ夏のようで、24−5度の暑さ。
少し歩くと汗ばむほど。
その陽気をあとに、数日間、日本へ行ってきました。
木枯らしの寒さに小雪、まだ、春には一山超えなくては着かない感じでした。

今回は仕事のことでちょっとショックなことがありました。
長年、お仕事を一緒にしてきた、編集者の方が3月中旬で辞められるというのです。
辞めて、九州の実家に帰るそう。ベストセラーも出し、優秀な魅力ある女性がキャリアを
捨て、違う人生を歩むというのです。人生長いのですから、新たな人生を違う土地で始めても
不思議でありません。それなのに私の心の中は複雑。編集仕事は「あ、うん」の関係までいくには
長い年月がかかります。そんないい関係に頼りきっていた私には、片腕をとられた感じ。

でも、彼女の決心を応援して、幸せな人生を歩んで欲しいと思い、成田空港をあとにしました。


クリスマスは、もうそこまで!


日本から帰国してはや10日過ぎました。その翌日にゲストが来て、帰ったあと、
ようやくリラックスしたのか、風邪と疲れでぐったり。何をする気にもならず、
熱っぽい体と咳でほとんどベッドで過ごしました。
今日はもう12月。クリスマスまでもうわずかになってしまい、昨日はクリスマスの
飾りつけをしました。
年に一度だけの飾りつけの再会ですが、どれも皆、思い出があり、胸がときめくうれしい時です。
よく見ると、ポインセチアが多いということが気がつきました。
楽しいモノに囲まれ、体調もよくなってきました。


「アメリカ暮らし、住んでみてわかる常識集」(亜紀書房)が先月、増刷されました!

この本は2004年に出版されたのですが、今でも少しづつ売れているようです。
今回の増刷の機会に内容も最新情報を追加しました。
新しいアメリカを知りたい方はぜひ、手にとってください!!

久し振りの長期日本滞在です!

 10月の上旬に、母の卒寿と孫の1歳のお祝いのために日本へ来ました。

ところが、お祝いのその日の夜に母が呼吸困難になり救急車で入院してしまいました。
今は退院して元気になってきましたが、もう少し日本にいることになりました。
母は少しづつ体力が衰えていき、孫は日ごとに成長していく。
2人を見ていると、「人が生きること」の意味を改めて考えさせられます。
日本へ1ヶ月以上いることは、ほとんどなかったので、なんか不思議な感じです。

近所は老人だけになり、日中は人の声も聞こえない静けさです。
食べ物はアメリカに比べ安く、おいしくて太った感じ。
そこで、早朝、ウオッ―キングを始めたのですが、シニアといっても70代前半ぐらいの男性に
何人も出会います。皆さんかわいいワンちゃんを連れて歩いてます。
まだ、エネルギーはあるし、頭も冴えているし、ワンちゃんの世話だけではもったいないですよね。
なんて、私のように年金に頼れないものにとっては、うらやましい〜光景です。

10月27日に朝日新聞に「13歳からの家事のきほん」「13歳からの料理のきほん」の広告と
書評が掲載されたので、反響が出たといううれしい知らせが出版社からありました。

 

気がつけば秋の色、オレンジ!



気がつけば、外はもう秋の気配。
この週末はビーチへ行ってきました。
というのは、もう、暑い〜〜!
ここ1週間、10月だというのに、34度。
やっぱり、異常気象ですね。

half moon bayからの帰り道、山ほどのパンプキンを見ました。
オレンジは秋の始まりの色。
これから、ホリデーシーズンが始まり、アメリカは年末に向かって活気がでてきます。


スッキリ、小さな整理−気分まで、スッキリ!


お茶が好きで、色々な味を気分によって楽しみます。
そのため、お茶の箱ばかりが増えて、開けては閉め、どれにしようか、なかなか決められません。
そこで使わない植木鉢を「お茶入れ」にしました。
これなら、すぐに、何があるかわかり、見ていても楽しくなりました!


毎日、使う、ナイフ、フォーク、スプーン。
今までは、引き出しに閉まって、使うときに開けて出していたのですが、
あまり頻繁に開け閉めを何十年もしていたら、引き出しが思うように開かなくなってしまいました。
そこで、ティーカップにこれらを入れ、テーブルの上に食事のときは、置くことにしました。
簡単でスッキリです!

北米 暮らしのzakka (キッチンの道具)



毎日、使うキッチンの道具たち。
アメリカにはおばあちゃんの時代から使われていたものが
引き継がれています。
これは、「ガーリック入れ」。陶器でできていて、10個は軽く入ります。
丸いアナが通気こうになり、匂いもなく、長期間入れたままで大丈夫です。
これは亡くなったグランマから受け継いだので80年ぐらいは使っていることになります。


これは、ペーパータオル立てです。
しっかりしている上に、手で持ってどこでも移動可能なので便利です。
不思議なのはペーパーを切ったあとも、ペーパー同士がしっかりとついていて、
デレッとしないことです。

これは、毎日活躍する野菜、チーズ切り器。
4面がそれぞれ違う大きさ、形に切れます。
左はしょうが、左手前はにんじん、右はチーズ、右手前はポテトを切りました。
上に取っ手がついているので、とても便利です。
これも、もう50年以上も使っている重宝ものです。

アメリカで惚れこむ、日本芸術。


アメリカ人の日本の骨董品収集家が亡くなり、家族が所持品を処分するというので、分けていただきました。
これらを一目、見たら、胸がときめき、もうひとめぼれ!です。
これは、大名駕籠。いつごろ作られたのか年代はわかりません。
細かなところが丁寧に作られて、見ていても飽きません。


これは牛車。長い間の保存状態が良いため、どこもひび割れや、壊れがありません。
お雛様と一緒に飾られていたのか、歴史的背景はわかりません。
日本人の手先の器用さが芸術に現れ、心が潤われます。
小さなしあわせですが、こんな時間を持てることに感謝です。
最近の私は日本に限らず、ヨーロッパでも骨董品に出会うと心がときめいてしまうのです。
今日から私の宝物です。


百年前のオランダの調味料入れ。素敵。オシャレで使えない!



1920年代のオランダの調味料入れをエステートの骨董品で買ってきました。
ブルーとホワイトで風車がとても魅力的。
キッチンで使おうと思ったのですが、とても素敵でスグに部屋の飾りになってしまいました。




100年以上前なのに、ナツメグ、シナモン、パセリ、オートミールなどあまりの種類の多さにビックリ。
それにこんなオシャレな入れ物に入っていたなんで、スゴイです!

サンフランシスコ ナパと地震。夜は何を着て寝る?





アメリカに住み始めた1989年にサンフランシスコ地震に遭いました。

それは、それは、グラッ、グラッと始まり、グラーンと体が船酔いのような感じがして、歩くのも

捕まらなくては歩けないほどの怖さでした。そのあとは、サイレン、救急車、消防車で一瞬にして別世界の

音に囲まれました。

そのあと、日本で何度も地震を経験したのですが、今回は最初の1−2秒は「あっ、地震、大きい」

という感じでした。何しろ、明け方3時20分ですから、頭の中は夢なのか、現実なのか、わからない

のです。そのあと、スグに揺れは消えました。

いつも、地震のたびに思うことがあります。

夜、寝ているときに地震に遭い、パジャマで逃げ回ったら、

避難所でパジャマで過ごすことになります。

寝るときは明け方、外を歩いても良い格好で寝ることにしよう、と思い、

昨年からそうしました。

今回も7分丈袖のTシャツにジム用パンツでした!

ですから、地震で揺れ始めたとき、これなら外へ逃げられると再確認したのです!!


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